コーピングでセルフケア
身近な人のサポートに役立つ4つのポイント
コーピングでセルフケア
1.なぜセルフケアは大切なのか
身近な人がこころの不調やこころの病気の状態にある時、こころサポーターの皆さんがセルフケアの方法を知っていて、ご自身のストレスに対処できるということは、とても大切です。なぜなら、
“誰かのこころに寄り添いたい”と思う気持ちが強い人ほど、ご自身の心身の疲れを後回しにしてしまうことがあるからです。それは燃え尽き(バーンアウト)などにつながり、結果として身近な人の重要なサポーターが減ってしまうということでもあります。誰かに寄り添う時には、自分自身が元気な状態でいることは大きな意味があるのです。

2.セルフケアの土台、セルフモニタリングとは
それでは、セルフケアの土台となる、セルフモニタリングについてご説明していきます。セルフモニタリングとは自己観察のことです。何かストレスを感じたり感情が動いたりしたときに、自分の状況を客観的にみるために行います。セルフモニタリングを行うのに、認知療法・認知行動療法の考え方が役に立ちます。

3.こころの仕組み図(認知行動療法の基本モデル)
認知療法・認知行動療法とは、ものの見方や捉え方といった認知に働きかけて気持ちを楽にする精神療法(心理療法)の一種で、国際的にも国内でも、うつ病や不安障害(パニック障害、社交不安障害、心的外傷後ストレス障害、強迫性障害など)、不眠症、摂食障害、統合失調症などの多くの精神疾患に効果があることが実証されて広く使われています。この認知療法・認知行動療法の基本モデルとして、こころの仕組み図(図1)を紹介します。
これは「人の感情や行動が、その人の出来事に対する理解の仕方によって影響を受ける」(J,Beck,1995)という認知療法の仮説に基づいているものです。つまり、出来事そのものではなく、どう受け止め、考えるかという認知の仕方によって、感情・気分、行動、身体反応が現れてくるという考え方です。また、
自分に起きていることを書き出すことで、自分が出来事をどう認知して、気分・感情、行動、身体反応がどのように関係しあっているかということについて、セルフモニタリングが促されます。
図1 こころの仕組み図
図2 こころの仕組み図の書き方(例)
図2に、1つ例を挙げました。この例ではまず外側の現実の出来事として「昨日、夕方レジで並んでいたら、途中から入ってきた人が先にレジを済ませた」ということが起こっています。何か起きると私達の心や身体は色んな反応を起こします。図の右側に記載している個人の反応のうち、
出来事をどう受け取るか、どういう見方をするかというものを「認知」といいます。(言葉が同じですが、認知症とは関係ありません)何か出来事があったとき、頭に考えやイメージ、セリフが浮かんだりします。ここではレジで割り込みをされて、「この人は私を馬鹿にしている」とか、「なぜルールを守らないんだろう」とか、「注意しよう」といった考えが浮かんでいて、それらを
認知と呼びます。
さらに、この人は私を馬鹿にしていると考えると不快な気分になることもあります。このように
気分・感情は「不快」や、「困惑」「不安」「怒り」「嬉しい」など一つの言葉であらわすことができます。図中のカッコ内の数字は、その感情を一番強く感じた時が100とした時の、その時の気分・感情の強さです。
また、割り込んだ人の事を、「なぜルールを守らないんだろう」と考えて困惑して、「先にレジをした人をチラチラ見る」という
行動をとることもあるでしょう。
行動は自分の意志で行い、コントロールできるものと言われています。
レジに割り込んだ人に注意しようと考えると、注意した後の相手の反応がイメージされて、不安を感じ、ぎゅっと、掌を握りしめたりするかもしれません。そして、呼吸が速くなったり、心臓がどきどきするような身体の反応も感じられるかもしれません。
身体反応は、自然に生じる体の変化です。このように、ある出来事が起きて、それをどう受け止め考えるかという認知によって気分・感情、行動、身体反応は変化を及ぼします。
このように、こころの仕組み図に整理することで、自分自身の出来事の受け止め方や感情、行動、身体反応に気づきやすくなります。ぜひご自身でも取り組んでみてください。
こころの仕組み図(白紙)はこちらからダウンロードできます
4.ストレスコーピング
これまでご紹介したように、私たちが出来事を経験した時の反応には認知、気分・感情、行動、身体反応があり、これらがストレスへとつながっています。出来事自体がストレスになるのではなく、出来事をどう捉えるか、その出来事にどれくらい自分で対処できると考えるかによって、ストレス反応を引き起こします。
ストレスからの悪影響を減らし、より健康な心身の状態でいられるようにするために、ストレスを感じている状況にただ耐えるだけではなく、
意図的に対処することが大切です。このようにストレスにうまく対処することをストレスコーピングと呼んでいます。ここでは皆さんに、ストレスコーピングについて紹介します。
ストレスコーピングを、認知と行動のコーピングに分けてみました。認知コーピングは、考えやイメージを使う方法で、想像したりイメージを思い浮かべたり、他の考え方をしてみられないだろうかと捉え直したりするものです。行動コーピングはストレスに対処するために意図して起こす行動としています(図3)。
図3 ストレスコーピングの種類
ストレスが高い状態では、コーピングを考える気力もないこともあるため、元気な時に予め、コーピングのリストを作っておくといいです。また、コーピングは「質より量」(伊藤,2015)なので、自分で考えるだけではなく、他の方のコーピングをヒントに種類を増やすことも可能です。図4にコーピングの例を挙げましたので、参考にして頂ければと思います。また「ストレスコーピング」で、インターネットを検索すると沢山の例が出てきますので、自分にも取り入れられそうなものをリストにいれて試してみることをお勧めします。
図4 コーピングの例
コーピングリスト(白紙)はこちらからダウンロードできます
認知療法・認知行動療法では、治療場面だけではなく、日常生活で実際に行動してみるを大切にしています。こころサポーターの皆様にも、日常生活でコーピングを実施してみること、コーピングリストを作成することを通して、心身の健康維持に役立てて頂ければと思います。
引用・参考文献
- Beck,J.(1995).Cognitive Therapy:Basics and Beyond.New York:The Guilford Press.(ジュディス・S・ベック . 伊藤 絵美・神村 栄一・藤沢 大介(訳)(2004).『認知療法実践ガイド・基礎から応用まで ジュディス・ベックの認知療法テキスト』星和書店)
- 伊藤絵美 (2015).『自分でできるスキーマ療法ワークブック Book1生きづらさを理解し、こころの回復力を取り戻そう』星和書店.
身近な人のサポートに役立つ4つのポイント
ポイント1.こころの不調・こころの病気に気づこう
こころの不調は精神的苦痛を感じている状態であり、いわば「未病」の状態であると言えます。こころの不調の段階から、心身には様々な変化が生じてくることが明らかになっています。この段階でも本人には
いつもと違う様子が見られてくるため、普段の様子をよく知っている人であれば、気を付けていると気づくことができます。
また、こころの病気の状態になると、感情、気分、思考、行動、身体に変化が見られるようになります。厚生労働省は、「みんなのメンタルヘルス総合サイト」(
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/first/first03_1.html)に、こころの病気に見られる初期サインを載せています(厚生労働省, 2011a)。こころの病気の時には、落ち込みやイライラなど精神的な側面だけではなく、身体や行動などにも変化が生じうるという理解も、こころの病気に気づくために役立ちます。
例えば、人に会うことへの不安が強くなり(気分の変化)、外出を控えるようになった(行動の変化)、あるいは頭痛が続いており(身体の変化)悲観的な考えばかり浮かぶようになった(思考の変化)というように、1つずつの変化が互いに影響し合っていることがよくあります。もしも誰かの変化に気づいたときには、そのほかにも変化がないだろうか?という点を意識するとよいでしょう。周囲から見た時に気づきやすいサインと、本人が自覚しやすいサインがありますので、周囲が変化に気づいたとき、本人も変化を感じていないかどうか尋ねることも早期発見につながります。